おばあちゃんと組み紐と、真物カプチーノ

旅行先で1杯の美味しいコーヒーを飲めるか飲めないかというのは、その旅を彩る重要な要素の一つだと思う。ミャンマーではコーヒーといったら、ネスカフェの袋がお湯と一緒に出され自分で袋の中の粉を溶かして飲むもの。それはとても退屈で残念なものだったけれど、それに取って代わるほどの豊かな実りのフレッシュジュースが毎日を彩ってくれていたから特段問題はない。ただし、気づいたのは美味しいコーヒーは自分に余白の時間をも持たせるということ。今日はこれから何をしようかと考える朝の余白。じりじりと暑い日中に木陰を求めて一服する余白。夕方に読書をする余白。つらつら文章を綴る余白。誰かと出会う余白。そして、ゆっくり腰を下ろして顔を向き合わせて会話をする余白。
DSC_0660ミャンマーでたった1度だけ真物のカプチーノを飲んだ。Hsipawという とてもとても小さな町の端っこにあるお店で。入り口で何かを編んでいる白人のおばあちゃんの横を「ミングラバ(こんにちは)」と挨拶して通り抜け、誰もいない奥の中庭のテーブルについた。モダンでぴかぴかなイタリアンエスプレッソマシーンが1台。坊主頭の女の子にカプチーノをオーダーした。先ほどのおばあちゃんがわたしの元へやってきて、どこから来たのかと尋ねる。日本と答えると、おばあちゃんと坊主頭の女の子は嬉しそうに顔をみあわせて「アーハー!」と言った。いったい何ですか。

DSC_0656おばあちゃんが手を動かして編んでいたのは「組み紐」と呼ばれる日本の伝統工芸だった。組み紐は、仏具の飾り紐として、武具の飾り紐として、茶具の飾り紐として、時代に合わせて使われてきたという。いつか日本人が現れて「これは組み紐ね!」と言ってくれる日を待っていた二人。わたしは力不足でアーハー!の期待に沿えなかった。「昔、組み紐について書かれた本を読み」「You Tubeの動画を見て自己流で編んで」「台は、似たようなものをミャンマーの職人に作らせた」のだという。「既製品が手に入らない国では、なんでも工夫するものよ!」おばあちゃんの編んだ組み紐はどれも色合いが素敵だった。わたしはおばあちゃんの笑顔を見つめながら、自分の生活には工夫が足りなすぎると痛く感じていた。


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