グリーンマンゴーとkira。

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ここしばらく誰かと一緒に行動をともにしている私の友人Hanneは、カトマンズの地震を経てインドのバラナシへ流れ着いた。Hanneちゃんはある日、ひとりでいることと、ふたりでいることの違いについて手紙を書いてきた。決定的な違いは誰かと一緒にいると、ひとりでいるときのような人との出会い方をしなくなってしまうことだという。そして彼女は考え事をする時間やパーソナルスペースの確保に努力を注いでいるとも言っていた。Hanneのいう通り、誰かと一緒にいるとそこですべてが完結してしまうことが多いのかもしれない。それは時にありがたく。
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わたしはトレッキングのゴール地点であるインレー湖の小さな町でkiraと一緒に過ごしていた。ほとんどの時間を私たちは自転車に乗って過ごした。風をきって山の上のワイナリーに行き、テラス席に座ってちびちび地元産のワインを飲みながら夕陽が沈むのを本を読んだり話をしながら、のんびり待っていた。涼しい午前中に田園を縫うようにぐんぐんと自転車を漕ぎ、途中で自転車を飛び降りて長い長い階段を息をきらして駆け上がり、ひとけのないパゴダ(仏塔)から湖を遥か遠く見下ろした。kiraはどこかへ行くとすぐにカバンのなかからLonely Planetを取り出し、黄色の蛍光ペンで塗りつぶしてゆく。ある日、私たちは豆腐の村まで足を伸ばし、自転車とともに小さなボートに乗せられ 雲と青空がぱっきり映る湖面を30分ほどかけて対岸へ渡った。そこでは僧院で村の女たちが食事を作り無料で村の皆に食べものを提供していた。

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kiraは米を恐れてその食事に手を出さなかった。一番最初にインドで受けた洗礼はビリヤニ(インド風チャーハン)が原因だったらしい。長距離バスに乗っている時に体調を崩し「トイレのないバスで一体どうやって生き残ったの」と聞くと「窓を開けてずっと吐き続けた」のだという。彼女の持論は、インドの食事は路上の屋台にかぎるということ。レストランでは、だいぶ時間が経ったものをもう一度加熱して出している場合があり、ビリヤニはまさにそのケースだったと断言する。2度目のインドの大洗礼もライスを食べたときだったと言っていた。ちなみに、私は古いものでも加熱していれば菌は死ぬからオーケーとざっくり信じている。

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いたるところでマンゴーが木に生っている。ここでは熟れる前のグリーンマンゴーをチリなどのスパイスで味付けして漬物のように食べる。それはバス停でもどこでも手軽なスナックとして路上で売られている。覚えている?「青パパイヤの香り」というベトナムが舞台の映画が昔あったね。

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DSC_02995日間一緒にいたkiraは夜行バスで南下しヤンゴンへ。わたしは翌日電車で北上する。


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